【ひっそり解説…】
若大将は、職業の選択をする暇も無く実家がいきなりの経営ピンチでした。
ノルの仕業です。
あの猫耳野郎が風評被害をばら撒き尽くしたせいであります。
だから職業を選択する前に、沢山の選択肢を悩む前に、「実家を助けなければ!」が先立ちました。
親父やお袋のピンチを俺が支えなくてどうすんだ!
飛び込むように他店で修業をしてきた若大将。
「若」が付くって事は意外と若いのです、彼。
若さゆえの悩みが尽きません。
料理を作って食べてもらう楽しさを味わう前に、がむしゃらに走ってきました。
だから、やっと経営が安定してきた今
『自分には別の道があったのではないか』と悩むことも多くありました。
人は『悩んでも仕方ない事』をぐるぐると脳内に回すことがあります。
「悩みを誰かに打ち明けてみたら、何故かスッキリした」とか
「口に出して説明してみたら、どうってことない問題だった」
「選択肢なんか無かった、悩むだけ無駄な問題だった」ということがあります。
若大将も、もう人生の選択をしてしまって大きな船をこぎ出してしまった矢先、
「これで良かったのだろうか…」とひとり悩む事があったんじゃないかと思います。
彼なりに「寿司屋を継がないでいたら…」の夢があったりするのです。
一体、何になりたかったのかはまた後日。
「若大将」という立ち位置ゆえ、相談できる相手もおらずに悶々と。
若者相応の弱々しい不安定な振る舞いは従業員達を不安にさせます。
「若」が付けれど、「大将」なのだから。
俺が悩む姿は示しが付かない。
そんな彼が出会ったのが王様でした。
不安そうな顔してやってきては、一貫だけ食べて帰っていった男。
喧嘩売ってんのかコラ。
俺の寿司が不味かったってのかオイ。
悲しいのか悔しいのか。
自分が頑張って修行してきた成果はまだ実らないのかと溜め息。
するとその男からの電話。
「すっげぇうまかった!!」
この時、初めて若大将は「自分の料理を誰かに食べてもらう喜び」を味わうことになります。
修行中だって褒められる事は無かったし、
客は会食相手とビジネスの話をして寿司なんか目もくれなかったのに。
大の大人に、こんなに喜んでもらえるなんて。
「…ありがとうございます。」
ぶっきらぼうに応えることしかできなかったけど、
本当は受話器を持つ手が震えていたし、
周りから「気持ち悪い」って言われるくらいニヤニヤが止まらなかったのです。
チャリンチャリンと聞こえる音、「あっ」と時々焦る男の声。
男の後ろから漏れ聞こえる騒音。乗車の方は三番線へ、のアナウンス。
…この男、駅の公衆電話からかけてやがる。
どんだけ必死なんだ。
落とした小銭を拾おうとして、体勢を変えているらしい男。 声がいちいち遠くなる。
そんなに焦らなくても電話も俺も逃げないですよ。
そう思うたびにニヤニヤが、更にニヤニヤ。
そうか。
へへ。
うまかったか。
それも、すっげぇうまかったのか。
「出張サービスとか、そういうのはしていないのか?」
男の要求は少々予想外だったけど、そんなのいいや。
美味かったんだろ?
すっげぇうまかったんだろ?
…だったら作りに行くよ。行きますよ。
「私の」寿司が食べたいんでしょう?
若大将は王様にだけ出張サービスをするようになりました。
王様は未だに「美味い」「すっげぇ美味い」と言ってくれます。
王様が無駄にリアクションするのにも王様なりの理由があるのですが…そんなことは今関係ありませんね。
若大将は王様の事を「自分の寿司の第一のファン」だと信じています。
ビジネスであり、ファンサービスでもあります。
でも、若大将の知らない所で「若大将の寿司のファン」は沢山いると思うのです。
大将の寿司屋を継いで潰れなかったって事はそういうことです。
だけど、若大将は王様一人の為に寿司を作りに行きます。
常連も店先で「今日は若大将、いないの? 若大将の寿司が食いたいのに…」と愚痴りますが、
若大将本人の耳に届く事はありません。
なぜなら常連は「若大将の寿司が美味い。若大将の寿司が食いたい。」と本人に言わないからです。
だから無言のファン達に支えられているということを未だ若大将はまだ知りません。
今の若大将にとってファンは王様だけなのです。
王様がどんな過去のどんな素性の人だろうと、関係ありません。
「自分の寿司」を喜んで食べてくれるお客さん。それだけでも大きな価値を持っています。
彼には沢山のファンがいる事、早く意識してくれたらきっともっと人生は楽しくなる。
意識して、ひとつ大人になった時、彼からやっと「若」が抜けるんだと思います。
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