相互リンクサイト【淡色綺譚】の管理人 斜芭萌葱 さまより、
【箱庭に追慕】70話71話の小説版を頂きました! ありがとうございます!


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 ――博士! お父さん!
 ――私の「今まで」はなんだったのですか?
 ひれ伏したのはゴミ捨て場だった。積まれたゴミ袋くらいしか、受け止めてくれるものもない。袋越しの得体の知れない感触と、すえた汚臭を認識する。ゴミ? だから、なんだというのでしょう。これからどうしたら良いのでしょう。あなたを探してきたというのに、……あなたは「ゼロ」だった。「ゼロ」になっていた。
「あー! お尻が捨ててあるー!」
 頓狂な声に、ノルは思わず振り返った。
「なになに? ゴミ捨て場がキミのおうちなの? 頭隠して尻隠さず、って感じ?」
 ひどく機嫌の良さそうな笑顔で、眼鏡の男が見下ろしてくる。認識が追いつかない。
「ぷりてぃなケツ、しやがってぇ、かわええ」
 馬鹿にするな。
 頭に血が上る。たぶん、そういう感情なのだろう。
「――うるせえ! 近づくなこの人間め!」
 手近のゴミ袋を投げつけると、相手はあぅ、と奇妙な声をあげ、それでも律儀に答えを寄越した。
「ちがうよ、人間じゃないよー。ほら」
 言いながら、彼の左手が右手を掴む。軽く引っ張ると、手首が外れコードが伸びた。ヒトではない――?
「ロボットか」
「仲間だから安心してよ。……それでね! あのね! もしかしてキミ」
 ノルの呟きに、相手は興奮気味の問いを重ねる。もうこちらの話など聞いていなかった。
「――泣いてた?」
 違う。
 そんなわけがない。
「機械が泣くわけないだろ」
「良いなぁー! 泣けるんだぁー!」
「泣いてない!」
「それじゃあもうひとつ訊くけど」
 こちらの主張など気に留める風もなく、彼は当たり前のようにしゃがみこんで、こちらを見上げた。
「テレビで見るのとキャラが違うのは、仕様なの?」
 テレビ。
 スポットライトを浴びて、話をした。そんなこともした。天国の博士に伝わると信じて、話をした。そんなこともした。そのテレビの中に居た、ノルの話。
「この喋りかたは」
 ためらったが、結局口を開いた。
「俺が生まれてすぐドラマを見て自然と覚えた。……でも、博士から『印象が悪いからやめようね』って言われた。だからやめた。……やめたけど」
 印象とは誰に対するものだろう。話を聞いてくれる誰かに対してのものであるなら、それは。
「『印象』なんてもう無意味だ――どれだけ取り繕っても、博士はもうどこにも居ないんだ!」
 それを知った。
「博士がいないことを黙っていた人間どもに媚びるなんて俺は嫌だ! だから丁寧に話さない! 俺はそう決めた! それだけだ! 悪いか!」
 語気を荒げても目の前の顔は変わらない。嬉しそうな顔で楽しそうに話を聞いて、最後ににこりと、笑った。
「かっこええと思うよ」
 知らない。そんなことは、どうでも良い。
「かっこよさなんてどうでも良い! お前、俺になんの用だ」
 下にある顔を見下ろして問うた。
「俺は『ノル』。名前くらい名乗れよ」
 その瞬間だけほんの少し、相手の表情が変わった。
「僕、お名前ないんだよね」
 不便だ、としか、そのときは思わなかった。
「じゃあA君(仮)と呼ぶぞ」
「えっ、なんで? なんで?」
「名前を伏せるとき、テレビじゃAさんとかA君って呼ぶからだ」
「なにそのかっこええ理由!」
 興味関心、応答すればすぐ興奮。読みやすいのか掴みづらいのか判らない。会話をするにも疲れはじめていたが、名まで訊いてしまったからには問わないわけにもいかなかった。
「……それで、お前は俺になんの用なんだ」
「知りたいー?」
「早く話せよ」
「僕はね」
 苛立ちの琴線を丁寧になぞってから、Aと名付けた同類は、底抜けに明るく告げてきた。
「ノルちゃん、キミを、仲間を探してきたんだ」
 ――仲間?
 ゴミ捨て場にまで追いやられたこの身に。
「その様子だと『人間に裏切られちゃった』って感じかな? 『人間に復讐したい』とか思ってるなら協力してくれそうなんだけど……僕はね」
 追いやったのは人間だ。追いやられたのは俺だ。
「この国中の人間の顔を、くしゃくしゃにしたいんだ!」
 満面の笑みは、やはり底抜けに楽しげなものだった。




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