【ひっそり解説…】

今回のお話は『おまけ』です。
実は本編の流れに全く関係がありません。

でも、人気投票での紀一は一位二位を争うほどなので
紀一の方にもスポットライトを一瞬当ててみました。
「どうして紀一はこんな性格なの?」っていう疑問に答えるには
今回が一番のタイミングだと思ったのもあります。

さて、久々に長ったらしい語りをします。




紀一の母、黒見七月は酷い人間です。

七月編を最初から追ってきた人から見れば
「性格はぶっ飛んでるだろうけど、そこまで悪人ではないのでは?」と思うかもしれませんが、
息子の紀一からしてみたら七月は悪人でクズです。

仕事に行って弟の面倒は見ないし、
弟に対して「異変なかった?」みたいな言い方しか出来ないし、
そもそも子供達に対して無関心すぎるし、
毎晩色々な男と寝てるし、
それで夜中も帰ってこないことだって多いし…。


紀一には「紀一の意味」がわかりません。
自分自身の価値がわかりません。

毎晩、知らない男と寝る母を見て
「自分はその無数の交合の中で生まれた廃棄物なのではないか?」と思ってしまいます。
母がたまたま孕んでしまっただけなのではないか?
母の一時の快楽のために出来てしまったものなのではないか?

紀一は母に嫌悪します。

男遊びに興じる母を見て
「あれは『人間』じゃない。あんなものは『メス』で『キチガイ』だ。」と感じます。
(七月には七月なりに男を選ぶ基準があるのですが、この時の紀一はそのことを知りません)

紀一にとって母は「家族」にカウントされません。
頭のおかしい生き物…とか、そういう風にしか思ってません。
でもお金は持ってくるのでそれ相応の対応はします。
心の中では七月を軽蔑しています。


通常であれば、『母』を嫌い、『異性と寝る』という行為を嫌うのでしょうが、紀一は少し違いました。


紀一自身、恋愛小説や恋愛漫画を見るのは興奮するのです。
恋する女の子、男の子のお話を読むのは楽しいのです。

楽しい事は突き詰めたい衝動があります。
紀一は恋愛の本を沢山読みました。 物語だけじゃなくて、恋愛の指南書のようなものも読み漁りました。
夢中になって沢山読んだけれど、段々と物足りなくなってきたのです。

そしてそれは恋愛のチャットや掲示板を見る行為に変わっていって、
現実の人間関係にも似たオンラインゲームの中に求めるようになりました。
ゲームの中なら肩ひじ張らずに「雑談」として恋愛の話をできますし、
一期一会になりやすいネットの中でもパーティーを組めば相手を見失いにくいからです。


紀一は沢山の恋愛相談を承ります。
沢山読んできた恋愛小説や、恋愛の指南書を読んできたお陰です。

そしてその恋愛相談に生きがいを覚えていきます。
自分が好きな恋愛の話で「ありがとう」と言ってもらえる。
色々な恋の話を聞く事が出来る。

ネカマ(ネットおかま)になったのはこの頃からです。
恋愛話は女の子のキャラで、女の子を装って行動した方が確実に実りがあります。
相手が構えることなく話をしてくれます。
現在の紀一がオネェっぽいのも『男も女も構えずに恋愛相談がしやすいから』という理由です。
自分自身の望みをスムーズに叶えるため、それだけのために特化した姿が今の紀一です。
だから紀一はファッションオネェです。



幼き頃の紀一はモヤモヤとした『否定』と『肯定』の中を彷徨います。


「女の子はね、幸せにならなきゃ駄目よ。」
「体だけの関係は駄目よ。」

紀一は女の子たちに母の姿を重ねます。
あんなみじめな『キチガイ』になっちゃ駄目よ、と言います。

その気持ちは、毎晩男と寝る『嫌いな母』を否定したいからです。

私達は知性ある『人間』として生まれたのだから、誰かれ構わず寝るのはやめなさい。
…本当は母に言いたかった言葉なのかもしれません。


でも紀一は「『紀一(わたし)の意味』が知りたい」と言っています。

紀一は「自分は母の無数の交合の中で生まれた廃棄物なのではないか?」と思っています。

どうして自分が生まれてきたのがこの国なのか。
どうして自分が生まれてきたのがこの街なのか。
どうして自分が生まれてきたのがこの時代なのか。
どうして自分が人間として生まれてきたのか。
どうして自分がこの母から生まれてきたのか。
どうして自分が「黒見紀一」なのか。
どうして自分がここにいるのか。

なにか意味があるんじゃないか?
なにか役割があるんじゃないか?

意味が無ければ、この現実はあまりにも酷いじゃないか。

それを当時の紀一が「偶然」と言いきるには、経験と諦めが足りません。
「意味が無くても、それを意味のある物に変えるのは今と未来の自分だ」と紀一に言い聞かせる人もいません。


知りたい。
自分が自分としてここにいる意味が。
こんな場所に生まれてきた意味が知りたい。

だから今は「楽しい事」を精一杯する。
きっとその先にあるような気がするから。
素敵な恋愛話を聞くたびに「あぁ良かった」「聞けて楽しかった」と思えるから。

その延長線に
「あぁこの時代に、この国に生まれてきて良かった。」
「あぁ私が私として生まれてきたお陰で、その縁で、こんなに良い話が聞けた。」

「母さん、俺を産んでくれてありがとう。」があるような気がするから。


幼き日の紀一は母を軽蔑し他の女の子達に注意する半面、
いつの日か母に感謝できるような日を待ち望んでいます


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